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オリンピック狂詩曲(小川美穂子)

   いよいよオリンピック開催まで一ヶ月を切った。いろんな意味での「決断」、そのタイミリミットを既に越えているらしい。だが有観客試合について、まだ変更の余地が残されているようなことも、さっきラジオのアナウンサーが言っていた。

 私のまわりは「オリンピックなんかできるわけがない」「やめるべきだ」という人が殆どだ。もちろん私も同じ。特に先々月かな、私たちの会の月例「平和講座」で、講師の加藤一夫先生の話を聞いて、「オリンピック幻想」は完全に崩れ落ちた。クーベルタン男爵の話題は母国フランスではタブーとされ、晩年は悲惨だったという。

 そして、ヒットラーだけでなく、金と帝国主義に汚された五輪の精神。そもそも、マラトンの丘の伝説からして「戦争」絡みなのだ。平和なんて概念は、もはや汚されまくっている。

 

 そんな考えの私だが、ちょうど、出くわしてしまったのだ。

 以下にその顛末を記す。

 

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六月二十日。父の日。八木橋百貨店八階の須原屋書店にいった。

用件は、この「最後の空襲 熊谷」の本のこと。店長にアポを取らなかったから出直すことにして、カトレアホール前のカウンターを借り、手帳の整理などしていた。そうしたら、何だか賑やかなのだ。知り合いの若いママに挨拶されたり、揃いのシャツの実行委員の中には顔なじみもちらほら。しばらくぶりの再会も多く、ちょっと周辺を見てまわった。

 それがつまり、五輪前の盛大なプレイベントだったのだ。そしてイベントを盛り上げるのが、キッズダンス。華やかなユニフォームと小道具で可愛らしい。リハ前に屋上に集合したところだった。若い両親がカメラを構えている。あー、運動会みたい。いいなあ。だけどこの辺から胸が痛くなってきていた。

 ホールに入っていくと、うーん。確かに懐かしい前の東京オリンピック。写真・ポスター・新聞記事など。その上、昔も走って、今度も走る聖火リレーの走者たちを中心とする実行委員が顔を揃えていた。席を立って説明しに来てくれた方もいた。皆さんお若い。健康そのものだ。もう次の予定が決まっていたし、本番前に早々に退出したのだが、胸中はとても複雑だった。

 私の嫌いな日の丸を胸に、そして国家を前面に出したスポーツの祭典に取り組む人たち。彼らと私の違いは何なのだろう。親しい人もいるんだけど、私と彼らの間には、深くて黒い河が流れている(のだろうか)。

 それから、一番の問題は子どもたちのこと。かつての軍国少年・少女は、みんな言う「おとなや先生の言うことを信じて頑張りました。何でもお国のためでした」。純真な子どもたちが、それと知らずに動員され、体制に染まっていくこと。そういう軍靴の響きが聞こえるんだけど、こういう気持ち、どうしたら若い人たちに通じるのか。誰か教えてくれないかなあ。