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書評「福田村事件」と映画のこと(吉田庄一)

書評「福田村事件」と映画のこと(吉田庄一)

著 者;辻野弥生

出版社;五月書房新社

 

YouTube番組「一月万冊」の佐藤章さんのコーナーの最後に本の紹介がある。そこで必ずと言っていいほどこの本が取り上げられていた。彼の紹介の仕方から、一般的な本屋さんには置いてないのではと思っていたら、なんと熊谷駅のくまざわ書店で見つけた。実は映画をイオンのシネコンで観ていて、少しがっかりしていたところだったので、読んでみたくなったのだ。

 

今から100年前の1923年9月1日に発生した関東大震災。この時、流言飛語により大勢の朝鮮人が虐殺され、熊谷でも57人が犠牲になった。私は福田村事件について、映画化されるというニュースに接するまで知らなかった。震災後の9月6日、千葉県の福田村(現野田市)では、香川から薬の行商に来ていた一行15名が、朝鮮人に間違われて、地元住民たちに9名(1名は妊婦で実際は10名)が殺されるという痛ましい事件が発生した。作者の辻野さんは1999年、流山市博物館友の会が発行している「東葛流山研究」に、流山で起こった虐殺事件を取り上げようと取材を始めた頃、ある人が野田で起こった「福田事件」もぜひ書いてほしいと資料持参で頼まれたという。彼女は、この時まで全く知らなかった事件だったそうだ。

 

彼女の半生は、この福田村事件解明にかけたと言っていい。本書は、2013年版元の廃業で絶版になっていたものを、大幅に増補改訂して復刊したそうで、関東大震災に伴う朝鮮人大虐殺を、日韓併合など歴史的な背景を捉えながら事件に迫る。この時、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言飛語が燎原の火のごとく関東一円に伝わり、朝鮮人を中心に、中国人、反体制活動家とみなされた日本人、朝鮮人に間違われた日本人が大勢犠牲になった。本書を読むと火をつけたのは間違いなく国家権力だが、その勢いは彼らの危機意識や思惑をはるかに凌駕して、一般の人たちに伝わってしまった。人間はいかに残虐になれるのか。本書はその事実を追っていく。

 

最後に生き残った喜之助さんの手記が掲載されている。喜之助さんは事件1カ月後、丸亀で検事から事情聴取されている。この時“今日話したことを書き残しておくように”と言われて書いたものらしい。暴走した集団には常識や良識が全く通じないことがわかる。喜之助さんが縛られて川(利根川)に連れていかれると、9人はいなくなっており万歳三唱していたというのだ。薬売りの一行を朝鮮人とみなして9人(妊婦、子どもを含む)を殺し、利根川に捨てて、万歳。狂気の沙汰なのだが、普通の村人たちが取った行動でもあるのだ。

 

逮捕された首謀者たちは有罪となったが、裁判で“お国のためにやった”と演説をぶった被告もいたという。彼らにはカンパにより見舞金が支払われ、繁忙期には農作業の手伝いもされたそうだ。犯人たちは、恩赦で釈放されると議員(村議会・市議会議員)にまでなった人もいる。こういった地域で発生し大勢がかかわった負の歴史はかん口令が引かれ表面化しにくい。村社会で生きていくには、集団的狂気もなかったことにされ蓋をされる。これが村のおきてとなり、反省されることはない。これでは同じようなことは繰り返されるだろう。

一地方の研究者の渾身のルポルタージュと言える。

 

少し、映画のこと

 

映画「福田村事件」は、森達也監督作品ということで期待が大きかった分、ちょっとがっかりした。本書に森さんが寄稿している文を読むと、どうもいろいろ大人の事情もありそうなのでよくわからないが、彼が盛んに主張している「善良の人たちが善良の人たちを殺す」理由とメカニズムにストレートに切り込んでほしかった。また、地域社会から追放され隔離されたハンセン病患者、社会主義者などの活動家の虐殺などいろいろ詰め込みすぎの感は否めない。

 

この物語は、夫のシベリア出兵で未亡人となり、嫁として村社会に生きる女性。朝鮮に渡り教員をしていたが、ある事件がトラウマとなり故郷に戻ってきた元教師の妻で、モダンガールを地で行く女性。東京新聞の望月衣塑子記者を彷彿とさせるような地元新聞の女性記者。主にこの3人の女性を中心に描かれ事件に導かれる。私はそこまで(事件)のカウントダウンの感じになってしまって、もどかしく感じてしまったのだ。フィクションなので、性愛的な部分はあってもいいと思うが、殺した人たちを象徴している、日清戦争から戻ってきたが、その子どもが自分の父親の子ではないかと疑っている男。おなかに子を抱えたまま、夫が東京から戻ってこなく、追い詰められている女性など、普通でないどこかに異常性を抱えた人たちを中心に殺した側の心理描写を行っている。森監督が言っているように、普通の善良な人たちが集団で虐殺を行ったんだという事実をもう少し丁寧に描いてほしかった。

 

でも行商人の親方(瑛太)が「朝鮮人なら殺してええんか!」というセリフはこの作品の肝と言ってよく、日本映画に残る名セリフの一つとなろう。